幕末の人物

幕末の人物

吉田稔麿
 ・栄太郎ともいう
 ・無逸ともいう
 ・幕末長州の志士
 ・一時期江戸の旗本に取立てられる

伊藤博文と幼馴染である。
長州の伊藤旧宅と吉田の家は大変近くに位置し、年も2つしか離れていないとなればおのずと二人で遊ぶ姿が目に浮かぶだろう。

池田屋騒動でなくなった志士である。
池田屋が奇襲された際、なんとかその場を抜け出し長州藩邸に援軍を請うも、会津に張られている長州は援軍を出すことかなわず、「ならば槍をお貸しください」といい、再び池田屋に戻り果てた。
また池田屋は過激派志士の会議といわれていたが、桂と吉田は穏健派であり過激派の説得に会合を決めた、といわれている。
だが、吉田自身、師の松陰没後はかれの狂気を受け継ぐように、生前の穏健派からいっぺんしているため、真実は闇の中・・・・・・だろうか。

また彼は農民の出であり、本来ならば苗字はない。
吉田、という苗字は師にあやかってつけたといわれている。
彼は松下村塾の古参であり、三無や三傑といわれ、重要な人物であった。
三傑はほかにも久坂玄瑞と高杉晋作がいる。

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2008年10月 2日|

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